2007年8月 9日 (木)

95.プールから海へ

当社では、開業以来、意味があって経験者は採用してきませんでした。すると、素人から始まるわけですから、まずは子供用プールに入ってもらいます。

最初から大人用プールや海に突き落とす会社もありますが、うちは敢えて、成長に応じてプールから海へと、順番に移ってもらっています。

“甘い”と言われもしますが、まずは、水に慣れてもらう。すなわち、当社の風土や仕事に慣れてもらうのですね。子供用プールなら、膝の深さですから、転んでも、よほどのことがない限り溺れませんし、万が一のときは、直ぐに助けられます。

子供用プールに慣れたら、次は大人用プールで泳ぎの練習です。大人用プールはちゃんと足が着きますし、慌てなければ絶対に溺れることはありません。こちら側も、しっかり見守っているから大丈夫です。

そして、泳げるようになったら、やっと海に出ます。海は足が着きません。場合によっては流される危険もあります。ですから、しっかり泳げないと海には出しません。出したときは、状況を見守り、助けが必要なときは助けに行きます。

最後に、嵐の海です。流石に、嵐の海では、私も自分が泳ぐのが精一杯で、人を助ける余裕はありません。嵐の海は、臨機応変な泳力や精神力がなければ泳ぎきることはできませんから、当社ではまだ一人も出ていませんね。

社員は、かわいい我が子ですから、溺れさせるわけにはいきませんし、またドンドン成長もしてほしいです。ですから、来るべき時が来たら、嵐の海へ順番に出してあげようと思っています。

だって、いつも穏やかな海ばかりではありませんし、本当の力は、嵐の海を泳がないと習得できないのですから。

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2007年4月12日 (木)

78.うちの社長は違う!

前回の続きです。

18年前、私が26歳のときです。

私は、会計事務所の職員さん対象の宿泊研修に参加していました。

夕方のカリキュラムが終わり、入浴後、近くのコンビニ?(当時は深夜スーパーっていったかな)へお酒やおつまみを買い出しに行って、7~8人の有志での車座の飲み会になりました。

そこでの酒の肴は、お決まり?の会社や社長の悪口です。

私も、情けないかな、ご他聞にもれず、会社や社長への不満や愚痴をこぼしていました。今から思えば本当に自分が情けなくなります。

皆が先を争うように一通り悪口を言い終わり、黙っていた最後の一人Kさんに白羽の矢が当たりました。

「Kさんのところはどうなの?」

すると、Kさんは 「うちの社長は違う!誰よりも一生懸命頑張るし、僕らのことを親身になって考えてくれる。それでいて社長の給料は安くて、車だって僕のシビックの方がいい車なんだから。僕はこんな社長を裏切れない。」

「スゴイけど、本当にそんな人いるの・・・?」 これが、私の率直な感想でした。

この話を忘れられなかった私は、それから7年後、このKさんの務める事務所のS社長にお会いして、直接このお話を本人から聴くことになります。

そのS社長は全国でも指折りの実力者であり成功者で、すでに所得は高く、車も高級車になっていましたが、Kさんからの話をもっと詳しく拝聴することができました。

私にとって、松下幸之助翁の「ハーマンカーン」の話(ブログNo.13)と並んで、この「うちの社長は違う!」の話が、人を育てる上での大きな礎になったのは言うまでもありません。

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2007年4月 5日 (木)

77.自分は麦めしでも・・・

人を育てる上で、とても大事なお話です。

『自分は麦めし食っても、社員には米のめしを食べさせなさい!』

この言葉は、私のブログによくお出ましいただく、㈱TKC創始者・故 飯塚 毅 TKC全国会名誉会長の言葉です。10年前に聴いたとき、それは強烈でした。

要するに、「社員が先だ」ということですね。

京セラ・稲盛和夫名誉会長も、「愛馬進軍歌」(人馬一体で戦場に赴く兵隊さんと馬の気持ちを歌った曲)を歌いながら、歌詞の中にでてくる「泣いて馬草を食わせたぞ~」の部分を引用して、「兵隊さんも、自分がお腹が空いているのに、まずは命がけで頑張ってくれた馬の方に真っ先に馬草を食べさせるんですね。社長たる者、社員にはこうでなければいけないんですね。」と、社員とのベクトルをなかなか合わせられない我々未熟な経営者に向かって教えてくれているのです。

社員が、たまには上等のお肉が食べられるように、自動車が買えるように、結婚ができるように、家が持てるように・・・。

社員がまともに給料がとれるようになるまでは、さらには、自分の会社の貸借対照表(B/S)が安全な数値になるまでは、社長の給料は上げてはイカンのです。

「“まずは自分から”というような社長は、リーダーの資格なし!」

この言葉が耳から離れなかった私は、ただただ愚直にこれを実行してきたというわけです。 合掌

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2006年6月29日 (木)

37.人前で叱る

私は、社員を社員皆の前で叱るようにしています。もちろん、先輩も後輩の前で叱ります。

もしかしたら、「プライドを傷つけられた」と恨みを買っているかもしれませんね。

でも、弟の前でお兄ちゃんが叱られることなんか、どこの家でもありますからね。いたって当たり前のことです。

うちは、本当の家族とはいきませんが、この家族的風土を目指しているのです。

だから、お父さん(社長)やお兄ちゃん・お姉ちゃん(先輩)が、弟(後輩)を食べさせていく。食べさせられた弟は、またその弟(新人)を食べさせていく。母(総務)は、皆の身の回りの世話など全般を切り盛りする。

食べさせてもらった弟は、親やお兄ちゃんたちへ心から感謝し、その恩をまた下の弟(新人)を食べさせていくことでお返ししていく。これがずーっとずーっと続く。

だから、人前で叱るのは、ごくごく自然なことです。

それに、何と言っても、「失敗を皆で共有する」とても大切な瞬間なのです。

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2006年1月19日 (木)

14.「俺の背中を見て育て!」?

先日、ある経営者の方が、最近入ったばかりの新入社員さんに「俺の背中を見て育て!」と言ったというのです。

常々、私も自分の背中を見せることは非常に大事だなあと思っていたので,その通りだと感心して聴いていました。

ところがです。そのまま話を聴いていくと、その見せている背中とは、こんな背中でした。

自分は平日もよくゴルフに行き、仕事は従業員に任せる。それでいて社員さんの給料は抜群にいいのかと思ったら、20年近く勤めたトップの社員さんで年俸が600万円弱だというのです。

「背中を見て育て」というのは、「俺のマネをしろ」ということですから、その社員さんは、この社長の背中を見てマネをするわけですから、「仕事はみんなに任せて、そこそこの給料を払っておき、自分は平日にゴルフにいけるように頑張ろう」と、とらえるんだろうと思うのです。

どんな背中を見せるかは自由なのですが、社員さんの気持ちになって考えれば、「背中の見せ方」は、とてもとても大事なことなのですね。

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2006年1月12日 (木)

13.ハーマン・カーン

『今度、ハーマン・カーンという人が来るんやけどな、君、どういう人か知ってるか?』

これは、あの松下幸之助翁が生前中、当時の秘書・江口克彦氏(現PHP研究所代表取締役)に発した言葉です。

実は、この言葉が私の従業員教育の原点となりました。初めて人を雇用した当時、それは救いの言葉でした。

長くなりますが、ハーマン・カーンの話を続けます。

幸之助からのこの質問に対し、たまたまハーマン・カーンを知っていた秘書の江口氏は立て板に水で巧みにこう応えたのです。「はい、ハーマン・カーンという方はアメリカのハドソン研究所の所長で、21世紀は日本の世紀であるといっている歴史学者です。」

幸之助は「そうか、わかった」とうなずきながら返事をした。

ところが、またその翌日、幸之助が江口氏にまったく同じ質問をした。江口氏はアレッと思ったが、また同じように応えた。

そして、またその翌日、幸之助はまったく同じ質問を江口氏にした。さすがの江口氏も腹が立ったが、憤りを抑えて前日と同じように回答をした。

さて、その日の夕方、江口氏はふと気づいたのである。                  「幸之助は、私に質問したことを忘れていたのではなかったのだ。なんと私の回答が不十分だったのだ。 もっと詳しく調べなければ ・ ・ ・ 」 と。

さっそく、江口氏は書店でハーマンカーンのぶ厚い本を購入し、3枚のメモにまとめた。それにあきたらず、読み上げてテープレコーダーで録音もした。なんと終わったのは明け方の4時半である。

仮眠をとって幸之助を出迎え、松下からのまさかの4日連続の質問を待ち、したためていたメモで説明をした。別れ際に録音したテープも渡した。

そしてその翌日、幸之助がなんか変だった。  「はたしてテープは聴いてくれたのだろうか ・ ・?」

沈黙のあと、「君、いい声しとるなあ」。  なんと、これが経営の神様、幸之助の応えだった。

その応えは、「君、よう調べてくれたなあ。ほんま、ありがとう。」そういう意味だったのである。

江口氏が感激したのは勿論だが、私も不覚にも目頭が熱くなってしまった。

「人を育てる」ということは、こういうことなのか! しばらく震えが止まりませんでした。

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