2020年11月26日 (木)

789.あなたはプロですか?

プロテニスの錦織圭選手や大坂なおみ選手は、自分でどの大会に出て何位に入るかを決め、自主的に専属コーチを決めて練習やトレーニングをし、自分でラケットや備品を買って、毎日真剣にがんばっています。

当たり前のことですが、これがプロです。

われわれ社会人も、お客様や会社から給料をもらって仕事をしていますからプロですね。

お客様は、素人に仕事を任せたりしませんから、当然われわれをプロだと思って依頼してくださっています。

だから、われわれも立派なプロです。

しかし、プロスポーツ選手のように自主的に考えて行動しているでしょうか?

給料がもらえないからやろう、上司に叱られるからやろうなんて、義務的にやっていないでしょうか。

面倒だ、がんばって働くなんてバカバカしい、手を抜きながら上手にやればいい・・・、そんなふうに思っていないでしょうか。

プロであれは、どうしたら勝てるか、どうしたらもっといいプレーができるかを、毎日毎日、真剣に考えて必死に努力をしています。

だからこそ、試合に負ければ悔しいし、勝てば心の底から喜びを感じるのです。

われわれは仕事が上手くいかないとき、悔しいと思っているでしょうか?

仕事が上手くいったとき、心の奥底から「やった!」と喜びを感じているでしょうか?

そうでなければプロではありません。

それでは素人、アマチュアです。学生のアルバイトのようなものです。

さて、あなたはプロですか? プロになりたいですか?

 

 

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2020年11月19日 (木)

788.性格がそのまま行動に出る

世の中の人々は、毎日それぞれの行動をしていますが、その行動はみな違います。

どうして皆さんの行動は違うのでしょうか?

それは、それぞれの考え方や思いが違うからですね。心の中が違うわけです。

人は、自分が考えたように動き、自分が思ったように行動します。

無意識に行動することもありますが、それも、その人の心の中にあるもの、すなわちその人のそれまでの考えや思いが潜在意識に蓄積されていて、それが行動として表れてくるわけですから、結局はそれも考えや思いということになります。

この考え方や思いは、心そのものであり、その人の性格でもあります。

人間の心は一人ひとり違いますから、性格も違うのです。だから行動も違うのですね。

双子のそっくりさんも、性格が同じでなければ行動が違うのです。

このように、人間の性格は行動に表れるのですね。

師匠も、会社経営は社長の性格のままになるといいます。

粗雑な人は粗雑な経営、緻密な人は緻密な経営、優しい人は優しい経営、冷酷な人は冷酷な経営になるといいます。

だから経営を見ればその経営者の性格がわかるのですね。

そして、性格は行動だけでなく、人相に表れます。

心がきれいな人はいい人相、暗い人は暗い人相、明るい人は明るい人相になります。

心の中は見えないから、どんなことを考えても、また思っても大丈夫だという人がいますが、そうではないのですね。

あなたの性格は、自分でも気づかないうちに行動と人相に表れているのです。

だからこそ、師匠は「心を高めなさい」とおっしゃっているのだと思います。

 

 

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2020年10月29日 (木)

785.エゴの減らし方

ブログNO.772で「ストレスの原因であるエゴの解消は人生最大のテーマの一つ」と書きましたが、ではどうしたら自分に染み着いてしまったエゴを減らすことができるのでしょうか?

あくまでも私の経験の話ですが、私がエゴを減らすためにやってきたこと、やっていることをお伝えします。参考になればと思います。

①実力をつける・・・実力がつくと様々なものを手に入れることができるようになってきますから、エゴを出す必要がなくなってきます。実力とは、ものごとをこなすための知識と技術などの実践力、そして心の実力である人間力ですね。

②宇宙の本質を知る・・・宇宙が「愛と誠と調和」という意志をもっていて、「この意志に合わせると幸せになる」という仕組みになっていることがわかってしまうと、幸せになりたい人なら「愛と誠と調和」の真逆であるエゴはやめますよね。

③因果の法則を理解する・・・「エゴにすると不幸になり、利他にすると幸せになる」という「因果の法則」という仕組みで宇宙が成り立っているので、さらにエゴをやめようとなります。

④二入四行論の行入を行う・・・しかし簡単にエゴはなくせませんし、実力もつきません。しばらくは、あの有名な達磨さんの悟りを開く方法である「納得、理解から入る〝理入”」と「理解できていなくても、まずは行動から入る〝行入”」の、〝行入(行動)”から入ります。〝行入”をひたすら続けていると、理解もだんだんできるようになりますから、エゴは自然と減ってきます。

⑤二念を継がず・・・これは瞑想の一種ですが、自分の念(思い)が一つ目の時点で終わるように、次の二念(思い)に継続させないよう、自分の心をしっかり見張って、一つ目の念で切るようにします。すると徐々にエゴに浸る時間が少なくなってきますから不思議です。

 

 

 

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2020年10月22日 (木)

784.優しさのレベル

優しい人は、世の中にたくさんいます。

師匠は、優しさのことを、親切、思いやり、利他、慈悲、愛などといい、この優しさには、小善から大善までレベルがあり、母親の我が子に対する愛情が最上級の優しさなのだと言われますが、いったい自分の優しさはどのくらいのレベルなのでしょうか?

私なりに考えてみましたが、一番下のレベル1から最上級のレベル8まで何段階もあるのではないかと思っています。

レベル1.いじめない

レベル2.見守ってあげる

レベル3.声をかけて慰めてあげる

レベル4.声をかけて元気づけてあげる

レベル5.手伝ってあげる、助けてあげる、モノやお金を与えてあげる

レベル6.モノやお金も与え、かつ、手伝ってあげる

レベル7.相手のために本気で叱ってあげる(感情で怒るのは優しさではなく利己です)

レベル8.見返りを求めず、レベル1~7をしてあげる

真の優しさは、与えて、与えて、与え続け、そして見返りをいっさい求めないのです。

師匠は、優しさのレベルが高ければ高いほど、宇宙と調和して、仕事も上手くいくし、人生も上手くいくとおっしゃっています。

 

 

 

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2020年10月 8日 (木)

782.敢えて困難な道を選ぶ

人は、往々にして楽な道を選ぶ癖があります。

たしかに楽な方がいいのですが、それでは自分の力がつきませんから、結果として人生が上手くいかなくなります。

私は、自分の人生を振り返り、様々な岐路で、敢えて困難な道を選んできたと思っています。

そのお陰で、心や能力が鍛えられました。だからとても感謝しています。

敢えて困難な道を選んだ経験はいろいろありますが、例えば、若いときに勤めていた会社で、社員全員が辞めてしまったとき、困り果てた社長から「君の稼いだ売上は、全て君にあげるから会社に残ってくれ」と言われました。

普通では有り得ない破格の条件でしたが、「今までの給料でいいので会社に残ります」と答えました。

師匠も、初めて就職した松風工業を辞めたとき、パキスタンで技術者が必要だから高い報酬で来てくれと言われたのに、恩師からの助言で思いとどまりました。

さて、あの斎藤一人さんが「正しい方でなく楽しい方を選ぶ」とおっしゃっていますが、これは決して楽な方を選ぶと言っているのではなく、どうしたら将来楽しくなるかを考えて選ぶということです。

だって、楽な方ばかりを選んでいると、仕事が上手くいかない、成長しない、上司から叱られる、給料も上がらない、出世しない・・・と、結局は楽しくなくなってしまいますからね。

自分の将来が、本当に楽しくなる方を選ぶ。

そのためには、敢えて困難な道を選ぶことも、とっても大事なことだと私は実感しています。

 

 

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2020年10月 1日 (木)

781.哲人的指導者原理

私の所属する職業会計人の全国的組織であるTKCの創始者・飯塚毅先生の言葉に「哲人的指導者原理」があります。

これは、単純な多数決ではなく、本来どうあるべきかという本質で決めるというものです。

師匠も、まったく同じ考え方をもっています。

たとえば、100人中99人がAという考え方、残りの1人がBという考え方の場合、天の道理に従って判断したとき、Bの考え方をとるべきであれば、たとえ99人がAでもBを採用すべきであるということです。

師匠は、第二電電(現在のKDDI)を立ち上げようとしたとき、会社幹部は総スカンだったそうです。

JAL再生を政府から依頼されたときも、周囲のすべての人が反対したそうです。

それでも、「これから世の中はこうなっていく、だから第二電電が絶対に必要なのだ」と設立を断行しました。

また、JALがなくなればJAL社員の生活、航空利用者の利便性、日本経済への希望と活力が損なわれるとして、JAL再生という茨の道を選びました。

この哲人的指導者原理がなかったら、現在の日本の電話代は高いままでサービスの質もこれほど充実していなかったでしょう。

JAL社員の生活、航空サービスの質の向上、日本経済への活力も失われていたことでしょう。

要するに、何人がその意見に賛同したかではなく、どういう意見をとるべきかが大事なのですね。

要するに、リーダーは、見識、いわゆる天の道理に基づいた正しい物差しをもつ人でないと務まらないのです。

天の物差しをもった人を哲人といい、哲人はこの物差しで人々を導いていくのです。

 

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2020年9月10日 (木)

778.与えて生きると楽になる

さて、前回のブログの続きです。

分数式「与える / 与えられる」の数値が、逆に、1を超えれば楽になりますから、これを意識して日々行動することが大事です。

与えられるより、与えた方が幸せになる。

この生き方に慣れてくると、だんだんわかってくるのですが、まず人間関係が楽になります。

こちらのほうが与えているのですから、相手は自然とこちらを気遣ってくれますし、こちらを立ててくれたりします。

少なくとも文句を言ったり、意地悪をしなくなりますから、ものごとが運びやすくなるのですね。

これを、人間関係だけでなく、様々なことに応用すればいいのです。

与えてばかりでは大変ですし、損したように思えますが、要するに、周囲の人が与えてくれたあなたを放っておけなくなるのですね。

周囲に与えていることで、だんだん、あなたは充たされるようになってくるのです。だからご安心ください。

しかし、与えるためには、与える力をもつことが必要です。

まずは、笑顔で思いやりの心で接することからはじめ、徐々に、自分の得意な分野でお役立ちしていけばいいのです。

高度なことをする必要はありません。相手から喜ばれれば、人のお役に立つことが楽しくなってきますから、また更に自分を向上させようという気もちも湧いてきます。

すると、更に向上してお役に立てるようになりますから、さらにまた楽しくなるという流れですね。

楽(らく)とは、楽しくなり、そして楽になる、ということなのです。

 

 

 

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2020年9月 3日 (木)

777.与えられて生きると苦しくなる

この宇宙には、人から与えられてばかりいると苦しくなる、という法則があります。

与えられて楽じゃないか、得じゃないかと考えがちですが、そうではありません。

師匠からは、与えられる側でなく、与える側に回りなさいと教わっています。

それは、因果の法則、バランスの法則、鏡の法則、振り子の法則などといって、この宇宙は与えた分しか入ってこないようになっています。

すると、自分が与えずに、与えられてばかりいると、バランスが取れていませんから、与えなければ運勢が悪くなっていくわけです。

この法則を知らなくても、例えば、与えられてばかりいると、その人からの依頼を断りにくくなったり、その人に言いたいことが言えなくなったりしますよね。

与えられて生きていると、だんだん苦しくなっていくのです。

これを「与える / 与えられる」という分数式に表して、「与える」が「与えられる」以上に大きくならないと、数値が「1」未満になってしまいますから、「1」未満は苦しいのです。

「そんなバカな」と思うかもしれませんが、そうなっているのですね。

自分が与えてもらうことばかりを考えてきた人は、もうそろそろ「自分にも何か与えられるものはないだろうか?」と考えるようにしていった方がいいと思います。

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2020年8月20日 (木)

775.ビビりでないと成功しない

師匠はご自分のことをビビりだといいます。

会社を始めてから、借金を返していけるかどうか、社員を食べさせていけるかどうか、心配で心配でたまらなかったそうです。

だから朝から晩まで必死に働きつづけたのですね。

決して利益が出なかったわけではないのです。設立1年目から10%以上の経常利益を出しつづけているのです。

でも根が真面目なので、社員を守っていくために、将来の売上をどうつくっていくのかを必死に考えながら、誰にも負けない努力をしつづけ、不況が来ても乗り越えられるようにと、徹底的に質素倹約に努め、お金を貯めていったのですね。

今回のコロナショックでも師匠の会社が大きな影響もなく安定しているのは、このビビりのおかげで、普段から、慎重に、慎重に、経営しているからなのですね。

師匠は、ビビりでないヤツは無謀で危なっかしいと言われます。

私もそう思います。

一時的な成功者ではなく、安定した長期的な成功者になりたかったら、ビビりになることです。

師匠のビビリとは、状況の変化に心をもっていかれて右往左往する状況妄動型ではなく、どんな状況に陥っても、社員みんなが生き残っていくために用意周到に緻密に企てて行動していくことなのです。

 

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2020年8月13日 (木)

774.自分を否定する

これはけっして「自分をダメな人間だと思え」と言っているのではありません。

絶対に勘違いしないでください。

そうではなく、自分の間違っているところがあれば、素直に否定して、改善しようということです。

私は、長ずるにおよんでいろいろな経験をし、様々な勉強をしてくると、自分の概念や価値観などに違和感を感じることが出てきました。

自分の考えてきたことや信じてきたことが、「あれ? これは違うかな・・」となってきたわけです。

それが決定的になったのは、20年前、38歳で師匠に出会ったときです。

「自分が正しい、これが常識だ」と思ってきたことの中に、多くの間違いがあったことに気づいたのです。

それからというもの、間違っていた自分を少しずつ反省して直し、師匠から学んだ通りに生きようと、コツコツと自分を変えていきました。

お陰様で、私の人生は確実に好転しました。

38歳まで我(が)を張って「俺は正しい」と貫いてきたことが、本当に無駄なことだったと反省しています(苦笑)。

自分を否定する勇気をもつ。

この勇気は、人生に関わるとても大事な勇気だと思います。

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