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2018年9月27日 (木)

676.心配するのではなく、心を配る

「心配」というと、一般的には、心が冷静な状態でなく、何かに捉われている、何かを恐れている状態をいいます。

自分の将来が心配だ、子どもの進学が心配だ、親の病気が心配だと、人間はいつも何かを心配していて、場合によってはその心配で眠れない人もいます。

でも「心配」という言葉には、心が振り回されて眠れないなんて意味の言葉はないのですね。

言葉は文字から成り立っていて、その文字にはちゃんと意味があるのです。

「心配」という言葉、文字にも意味があって、「心」は心、そして「配」は配るですね。

「心配」は「心を配る」と書いてあるのです。

だから、心を振り回されるのではなく、心を配ればいいのですね。

心を配るとは、相手に気を配ってあげて、例えば、このまま進んでいくと失敗しそうだから親切に教えてあげるとか、そんなやり方ではケガをしそうだからアドバイスしてあげるとか、とにかく心を配ってあげるのですね。

因果の法則という絶対法則がある以上、原因のとおりにしか結果は現れません。だから心配してもどうにもならないのですね。因果に身をゆだねるしかないのです。

持ち越し苦労、取り越し苦労、持ち出し苦労はしないことです。

せっかく自分が相手を心配してあげて夜も眠れないとしても、その相手はそんなこと知らずにぐっすり眠っていますからね(笑)。

これってバカバカしいです。

だから心配しないで、心を配りましょう。

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