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2017年9月14日 (木)

622.水の中にいて渇(かつ)を叫ぶが如くなり

これは、白隠禅師という臨済宗の偉いお坊さんが書いた「座禅和讃」に書かれている一節です。

この「座禅和讃」は師匠が好きで、毎日読み上げていると聞いたことがあります。

私も師匠を少しマネて、この「座禅和讃」の別の一節を暗唱することを日課にしています。

さて意味ですが、「水の中にいるのに、喉の渇きを訴えるようなものである」になります。

水の中にいるのだからその水を飲めばいいのに「水がない、喉が渇いた、渇いた」と叫んでいる様子って想像できますか?

砂漠のようなところに居たとしましょう。そこにオアシスがあってその中に自分が浸かっているのに「水がない、水がない」とその水に気づかないので飲もうとしない。

これはおかしな話ですね。

でも、実はわれわれ人間のほとんどがこのおかしな行動をとっているのです。

私たちは、自分の周りに家族や仲間がいるから独りぼっちじゃありません。

食べ物や飲み物があるからお腹を空かすこともありません。

傘があるから濡れないし、車があるから歩かなくて済んでいます。

こうして冷静に考えれば、数え切れないほど沢山の人や物に恵まれているのですね。

そしてそれは人や物だけではなく、出来事や自分のもっている能力や特質なども同じでなんですね。

親や天から授かった大事な能力や特質に気づかないで、周りの人ばかりを見て「あの人はいいな、この人はいいな」と周囲を羨んでばかりいる。

これが「渇を叫ぶが如くなり」です。

些細なことにでもありがたいと気づける心。この心を少しずつ養っていきましょう。

感謝に気づくレベルが、その人の人格のレベルになるのですからね。

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