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2017年1月 5日 (木)

586.祈願しない方がいい?

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

新年になると、多くの人が神社やお寺に初詣に出掛けます。

そして、お賽銭を投じて、商売繁盛、試験合格、病気快癒などの祈願をします。

日本ではそれが当たり前の光景ですし、誰もがそういうものだと疑っていないようです。

私も元旦に近所のお稲荷さんへ初詣に行きましたが、祈願はしませんでした。

16年前に経営塾に入ったときから祈願はやめているのです。

逆に、この一年間の感謝を伝え「今年もがんばります」と前向きに宣言をしてきます。

なぜ祈願しないのか?

それはこのブログにも書き込んでいるように、この自然界には「原因と結果の法則」という我々の手の及ばない絶対法則がありますから、いくら祈願しても、結果が出るための原因をつくらないかぎりどうにもならないのですね。お賽銭が高額でも関係ないのです。

祈願して叶うなら日本中のみんなが叶っていますからね。

祈願そのものに効果はないのです。

さて厄介なのは、効果がないだけならいいのですが、弊害がある場合があるのです。

例えば「商売が繁盛しますように」と祈願するとします。

この場合、「商売が上手くいってなくて私は不満です。だから願いを叶えてください。」という不平不満の思いをもって祈願する人がいますね。

するとその「上手くいっていない、不満」という思いの方が強くて神さまに伝わってしまい、その思いを叶えようと力が働いてしまうのです。

すなわち商売がよくなるどころか悪くなるのです。

自然界では不平不満、愚痴、文句は三毒といって、人生を悪くする最悪の原因ですからまずいのです。

だから不平不満、愚痴文句の思いで祈願するのではなく、「いろいろ商売の勉強をさせていただいてありがとうございます。この勉強を活かしてがんばります」と感謝の思いで、希望をもって前向きに宣言すればいいのです。

これも「思念は必ず実現する」という師匠の教えです。

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