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2016年9月15日 (木)

570.負荷をかけて生きる

リオデジャネイロ五輪でメダルを獲得したアスリートのコメントや逸話などを聞いていると、この4年間、自分にたくさんの負荷をかけて、怠けることなく地道にトレーニングを積み重ねてきたことがよくわかります。

わざわざ酸素の薄い高地でトレーニングしたり、20㎏の重りを抱えて立ち泳ぎしたり、友人と居酒屋に行っても水しか飲まないなどですね。

普段から敢えて負荷をかけることで本番よりキツい状態に自分を置き、メダルを獲る可能性を高めていくのです。

でもわれわれ一般人は少しでも楽をして生きようとしますから、そもそも負荷をかけて生きようという発想や習慣がまったくないのです。もちろん私もそうでした。

しかし楽をして生きるということは、逆に言えばがんばらないということですから、それではものごとが上手くいくはずもなく、うだつは上がらず、結局は世間一般の多くの人が歩んでいる波瀾万丈の人生になっていくということです。

世の中にはオリンピック選手でもないのに、いろんな分野において、自らに負荷をかけて生きている人たちが実は存在しているのですね。ほんの少数ですがちゃんと存在しているのです。

これを知ってしまうと、「それはもったいない、自分も何か負荷をかけねば」と駆り立てられてしまいますね。

そこで私は、世の中の人がやらないことを日々暮らしの中で少しずつ実践するようになっていったのです。

早朝6時からお客様を訪問する、一日一食で過ごす、出張先からは始発で帰る、用事がないかぎり休日でも休まない、自分を後回しにする、ボランティアの勉強会を毎月何回も開催する、最低でも年間5000時間は働く・・・。

こうして3年、5年、10年と過ごしてくると、それがだんだん習い性になって、世の中の人の普通と自分の普通に差がついていることに気づきました。

そして得た教訓は、負荷をかけて生きると楽になり、楽して生きると負荷がかかるということでした。

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