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2015年10月 8日 (木)

521.野心でなく志を

どちらも似たようなことばですが、私は便宜上、「志 (こころざし)」と「野心 (やしん)」を分けて使うようにしています。

ことばの響きからして違いますからね。

「野心」は野望というイメージがどうしてもあって、人を陥れる、たくらむ、のような暗い感覚をもってしまいます。

かたや「志」は、「青年よ、大志を抱け!」というように明るく高邁なイメージですね。

坂本龍馬は「野心」で日本の行く末を憂いてこの国を変えようとしたのでしょうか?

吉田松陰、西郷隆盛は「野心」でこの日本を守ろうとしたのでしょうか?

やっぱり「野心」でなく「志」じゃないかと思うのですね。

幕末に日本一貧乏だった備中松山藩を素晴らしい藩に立て直した山田方谷(ほうこく)しかり。

鍬一本鋤一本で疲弊した村々を再興していった二宮金治郎しかり。

黄熱病から人々を救おうと自らが罹患してまで研究に没頭し命を落とした野口英世しかりです。

また、誰もが無理だと引き受けなかった日本航空再建を、何万人ものJAL社員とその家族を守るため、日本国民の航空の利便性を守るため、再建によって日本経済、世界経済へ希望をもたらすため、という3つの大きな「志」を掲げ、80歳という高齢にもかかわらず自らの命を顧みず、全力を尽くし、たった3年で再上場を果たしたわが師匠もしかりです。

「志」は、その本人はもちろん、周囲に夢や希望や勇気、そして元気を与えます。

だから私は「野心」より「志」なんだと思います。

私の考える「野心」と「志」の違いは、「野心」は自分のため、「志」は人々のため。 

「野心」が利己で、「志」が利他ですね。

師匠は、「野心」でがんばることもいいが「野心」での成功は長続きしないから気をつけなさい、と戒めてくれています。

「野心」は「志」に高めていけばいいのですね。

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