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2015年8月20日 (木)

514.何のために勉強するのか?

前々回のブログで、私の高校時代の成績が悲惨だったことはおわかりかと思います。

今日は、勉強が好きではなかった私にとって、「勉強とは何か」について私の持論にふれてみようと思います。

私は、小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年(せいぜいゼミくらい)と、計16年も、質と量はともかく勉強してきたのですが、当時は16年間も勉強するのだから、勉強はよっぽど大事なものなのだろうと漠然と思っていました。

しかし、自分が社会に出てこうして50歳を過ぎてみると、学生時代に成績が優秀だった人が必ずしも成功しているとは限らないという事実があります。

すると「勉強は何のためにやってきたのか?」と疑問が湧いてきます。

しかも、私が学校で勉強してきたことで日々の仕事や生活で使っているのは、ひらがなや漢字などの日本語、そして足し算やかけ算などの簡単な算数、そして・・・・?

実は、ほとんどが使ってないのです。今さらながら愕然としますね。

では真の勉強とは何なのか?

誰にでも人生がありますが、その人生とは何らかの仕事に就いて人のお役に立ち、その対価としてお金をいただき、そのお金で家族を養って家庭を幸せに保ち、精神的にも身体的にも健康で、夢や希望や生き甲斐をもって生きることだと私は思っています。

そのためには、自分が就く仕事に関する勉強、家族を平和に保つための勉強、心身を健康に保つための勉強、心に夢や希望をもつための勉強など、人生の実践に役立つ勉強が必要になるはずです。

私は、これこそが真の勉強だと思うのですね。

また、算数、国語、理科、社会、体育、技術などたくさんの教科がありますが、これもとりあえず万遍なくすべての教科をやってみることで、その中に自分が好き、楽しい、得意、向いているものがあるかどうかを探すことができます。

自分に向いているものがみつかれば、それを将来の仕事に繋げていけばいいのではないでしょうか。

だから、必ずしも良い成績を取ることが勉強の目的ではなくなりますし、不得意な科目があっても人生で使わなければまったく問題ないのです。

うちの子どもたちにはそう教えてきましたので、子どもの成績が悪くても気になりませんでしたし、受験のときも穏やかな日々を過ごすことができました。

娘も息子も、自由に大学に行き、自由に学んで、自由に人生を生きてくれています。

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