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2015年3月 5日 (木)

490.与える側の人間になる

世の中には、「与えられる側の人間」と「与える側の人間」がいます。

「してもらう側」と「してあげる側」の人間がいるということですね。

英の哲学者バートランド・ラッセルの「所有に生きるか、創造に生きるか」も、ある意味このことを言っているのかなあと私は勝手に理解しています。

たとえば、子どものときは親に育ててもらわないと生活できませんから「してもらう側」にいますが、自分が親になると今度は自分が育てる側に回りますから「してあげる側」になりますね。

はじめは「してもらう側」でも、成長すると「してあげる側」になる。これが順繰りに行われるのが理想だと思っています。

しかし世の中には、大人になっても、相変わらず「してもらう側」に留まっている人がけっこういるのですね。

身体的な理由などで「してあげる側」になかなか回れない人はともかく、いつまでも「してもらう側」に甘んじているのはもったいないことですね。

だって、してもらってばかりでは人生つまらなくありませんか?

もらいっぱなしの人生は楽かもしれませんが、やり甲斐や使命感を感じられなければ私はつまらないと思うのですが・・・。

さらに、「してあげる側」になった方がいいのには、ちゃんと理由があるのです。

それは、宇宙にはバランスの法則というものがあって、もらいっぱなしでいると偏ってバランスが崩れますから、なぜか運勢が悪くなっていくのですね。

もらったモノは相手や周りの人に返していかないと、せっかくいただいても、そのモノが身につかないし、持っていてもそれを活かすチャンスがやって来ないのです。

自分が未熟で返せないとしても、「返そう、報いよう」という感謝の気持ちで、たとえ少しずつでも返す努力をしていれば、それでも構わないのですね。

また逆に、「してあげる側」にばかりいる人は、周りから与えてもらわないとバランスが取れませんから、逆に運勢がよくならざるを得ないのです。

「与えられる側の人間」より「与える側の人間」になった方が、どうも幸せになれるみたいですね。

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