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2012年11月29日 (木)

372.「ひらめき」と「思いつき」は違う

「ひらめき」と「思いつき」は、国語辞典で調べるとほとんど同じような意味なのですが、私は日々の経営や人生で使うために、あえて使い分けるようにしています。

「ひらめき」は、神からの啓示のようなもので、人智を超えているようなこと、自分の頭では到底思いつかないこと。

「思いつき」は、真剣に考えたら浮かんだ程度のこと。

「ひらめき」は、真剣に考えたくらいで出てくるようなものでなく、音楽家があるときフッとメロディが浮かんだとか、科学者が必死に考えていたらつい寝込んでしまい夢の中で開発のヒントが出てきたなど、通常の過程において導き出されるようなものではないのですね。

この「ひらめき」のことを、師匠は「知恵の蔵が開く」という表現をされますが、この知恵の蔵を開くには、条件が2つあると教えてくださっています。

1つは、利他に徹すること。

もう1つは、もうこれ以上できないほどの努力をすること。

この2つが揃ってはじめて、知恵の蔵が開くというのですね。

ですから、自分では「ひらめき」と思っても、それが利他から発するものでなく、利己から発するものであれば、それは単なる「思いつき」であって、結局は失敗や破滅につながったり、成功しても長続きしない一時的なものであっりするのですね。

人間は未熟だから人間なのであって神ではないのですが、その未熟な人間が考えるときに使うのは顕在意識であり、限界があります。

しかし、すべての人間に備わっているもう一つの潜在意識をつかえば、知恵の蔵が開けるようになるのですね。

この潜在意識を無意識ともいいますが、これは強烈な願望を寝ても覚めても持ち続けることで利用可能になるのです。

まさに神からの啓示ですね。

 

 

 

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