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2008年2月28日 (木)

124.今年の「社長の約束⑥」

「⑥ 腹を立てても、感情では怒りません。」

感情で怒れられることほど、イヤなことはないですね。

私も、社員のとき不快な思いをしていますから、我が子に対するのと同様、社員にも感情で怒らないようにしたいです。しかも、自分になるべくストレスを溜めることなく。

そこで、「白隠禅師(はくいんぜんじ)」(注)というたいそう偉いお坊さんが「腹を立てても、怒らない」という方だったというので、私も真似してみようと、恐れ多くも、この約束を入れました。

この約束は、自分自身を制御できていないと難しいですから、至難の業なんですね。禅の修行僧は、一生涯かけて、命がけでこの修行をするそうですから、一般人である私にとって、どれだけ無謀なことなのかはよくわかっています。

でも、私は根が短気ですから、あえて、この約束によって自分を変えていく必要があるんですね。

また、あの松下幸之助さんの秘書を22年間も務められたPHP経営研究所・江口克彦氏の著書「成功の法則」に、こう書いてありました。

 「 ・ ・ ・ 叱ることが好きだという人は、まずいないだろう。叱った後は、虚しさがいっぱいで、砂を噛むような気持ちになる。ときには夜、床に入り横になっても、なお昼間の光景が浮かんでくる。きちんと理解して成長してくれればいいのだが ・ ・ ・ おそらく、松下(幸之助)も、同じような心の重さを感じていたのである ・ ・ ・ 」

親も、上司も、先生も、皆が、この心境なのだと思います。できれば、叱りたくないし、ましてや感情に任せて怒るなんて・・・。

でも、成長のためには叱らなければなりませんから、せめて感情では怒らないように努力をしよう。まあ、こんなところです。

最後に、「怒り」は、「愚痴・不平不満」と並んで、人生をダメにする絶対に避けたい「最悪の3つ」のうちの1つですから、やはり怒ると人生において大損をすることになります。単純に考えても、感情で怒ってばかりいれば、人に対して害を及ぼすだけでなく、自分自身もストレスが溜まって、血圧も上がるし、頻繁に病院のお世話になること間違いなしです。もったいない、もったいない。

(注)白隠禅師(はくいんぜんじ) ・ ・ ・ 500年に1人しかでないくらい偉いお坊さんだそうで、今の禅宗があるのはこの白隠さんのお陰と言われている。私の住んでいる沼津の方で、1685年生まれ。

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2008年2月21日 (木)

123.今年の「社長の約束⑤」

⑤『 社員、お客様、関係するすべての人々に感謝し、常に反省をします。』

社員、お客様、関連業者さん、そしてJRなどの交通機関の方、税務署や市役所などの公官庁の職員さん、道路を整備してくれる業者さん、昼食を提供してくれるお弁当屋さん ・ ・ ・ 、とにかく、どなたが欠けても我が社の経営、自分の生活は成り立ちません。

つい、自社の実力で経営している、自分一人の力で生きている、なんて勘違いを起こしてしまいますが、一つ一つを冷静に見つめてみると、実はたくさんの方々に支えられて存在できていることがよく分かります。

「人」という字は、右側の短い方が左側の長い方の下で支えているようですが、左側の長い方がなければ支えている右側の短い方も倒れてしまいます。

自分が支えているようで、支えられている。また、支えられているようで、実は支えているんですね。どちらが欠けても、成り立たないんです。

そして自然の大法則から、「感謝」の心がないと「最悪の3つ」の一つである不平不満、愚痴、文句、悪口が出てきてしまい、幸せが確実に遠ざかっていきます。

人間は、放っておくと、勝手に傲慢不遜、生意気になっていきます。自己中心的になっていきます。そして、怠け者になっていきます。

ですから、常に「反省」し、すべての人、もの、出来事に「感謝」できるようにと、この約束を項目に入れたのですが、けっこう、キツいです。

「反省」とは、字の通り(決して落ち込むことではなく)エゴをなくして、自分や周囲を冷静にみつめて、自らを正していくこと。

「感謝」とは、何に対しても、不平不満でなく、“有り難いなぁ”という心をもつこと。(ブログNo.100 を参照ください。)

因みに、「感謝」を表す代表的な言葉は「ありがとう」ですが、この「ありがとう」を、私は一年に何十万回と、小さな声で唱えているんですよ。

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2008年2月14日 (木)

122.今年の「社長の約束④」

④『 社員を我が子と思い、素直に話を聴き、本気で叱り、真剣に成長を祈ります。』

我が社の経営目的は、自らを少しでも高めて、お客様をはじめ世の中に貢献し、その結果として自らも豊かになっていくことですから、当社かいけい村に住まう社員が幸せにならなければ、目的が遂行されないことになってしまいます。

しかし、社員を幸せにといっても、社員は身内ではない他人ですから、普通は、そう簡単には心の奥底から本気で社員の幸せを願って経営するというところまでは、なかなかいかないものです。

我が子であれば、給料もたくさん取ってほしいし、立派に成長してほしい ・ ・ ・ 。

であれば、「社員を我が子と思えばいいんだ!」と考えたのです。

我が子であれば、①まずは、人様にご迷惑をかけない人間になってほしい、②そして、人様のお役に立てる人間になってほしい、③そして、もっともっと成長して、豊かで幸せな素晴らしい人生を送ってほしい、と本気で願い、祈ることができます。

そして、親であれば、我が子の生活の面倒を見るのが当たり前だし、我が子の成長を祈るからこそ厳しくも叱れるわけです。

そうは言っても、まだまだ、私も修行が足りず、社員を我が子と同じようには厳しくしてあげられず甘やかしてしまったり、やっぱり我が子の方が可愛いので、社員よりも我が子のことを優先する心が出てきてしまうんですよね。

ですから、敢えてこの約束をして、社員に対して「我が子だったら・・・」と思って接していこう、素直に、本気で、真剣に接していこう、としているのです。

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2008年2月 7日 (木)

121.今年の「社長の約束③」

③『社員、会社の誇りを守るためには、勇気を持って行動し、絶対に魂は売りません。』

最近、新聞やテレビを賑わしている、お金のため、会社の利益のため、自分が生き残っていくためなら、表示と違う材料を使う、賞味期限を改ざんする、決算書を粉飾する ・ ・ ・ 。

こんな会社に勤める社員は、どんな気持ちなんでしょうか? 自分の会社、仕事に「誇り」を感じるのでしょうか?

人間の欲求の最高レベルのものは、「マズローの五段階欲求説」にもあるように、「成長する喜び」「自己啓発」「生き甲斐」、また大きく言うと「志」「誇り」ですよね。

会社の発展のために人を騙したり、自分の出世のためにウソをついたり、また社長のエゴを通すために社員に間違ったことを強制させたり、惨めなことをさせたりでは、人間の一番崇高な欲求を満たしてあげることができず、これでは社員が可哀想です。自分だって哀れです。

社員が、「自分の仕事は、世の中のお役に立っているんだ。」「うちの会社は、こんなにいい会社なんだ。」 と自分の子供や家族や友人や周りの人に、自信をもって話せるようにしてあげたいですよね。自分も、そうありたいです。

そのためには、どんなにひもじくても、逆にどんなに儲かっても、どんなに上手い話があっても、絶対に魂は売らない。勇気を振りしぼって、絶対に魂は売らないと、開業以来、必死に頑張ってきましたね。

開業当初は、税金を安くしろとか、上手くごまかせとか、この取引はなかったことにしろとか、悪魔のような経営者たちに悩まされました。あんなに苦労して、命をかけて取った税理士資格なのに、生きていくためには、法を犯してまでお客様の奴隷になるのか・・・。

でも、魂を売らなかったお陰で、食うや食わず(ヘタしたら食わず食わず・・)でエライ貧乏をして、家族には苦労をかけましたが、神様はお見捨てにならなかったんですね。今では、多くの素晴らしいお客様に恵まれて、本当に感謝しています。

私が、貧しさや辛さに負けて魂を売っていたら、今頃は、いつも税務調査に振り回され、過去に対する後ろ向きの仕事ばかりに追い立てられて、毎日ストレスを抱え、イライラして、お客様の発展や幸せのための本当の誇りを持てる仕事なんて、ほど遠かったでしょう。そして、社員には感情で怒鳴り散らし、社員を大切にせず、社員が定着しない、いつもバタバタして貧乏神が憑いている会社であったと思います。

ゾッ としますね。

これからも、「謙虚にして奢らず、更に努力を」で、顔晴(がんば)っていきます。

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